ときどき→ほぼ毎日記@まめやん

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2019年3月31日(日)
毎日お花見

昨朝は、“いつもの川沿いの公園”の桜並木→“桃太郎のまち”駅前広場の桃(6本)コース。
今朝は、烏城の北門があった辺りに築城400年記念に植樹された枝垂桜→下段の櫓跡〜内堀沿いコース。
“ぶらぶら”、ご近所さんとの立ち話ありで1時間程度、手軽さが好し。
(メッカ=“大きい川”の土手=通称さくら道は、わんこ達が花見客と仲良しになり過ぎるので、行き辛い。)
季節を愛で+情緒豊かで+風流を解する事を文化と伝統にする国に生まれ育って良かったと、歳を取る程に思う・・・と、浮かれ切ったたおばちゃんは大袈裟に言う。



2019年3月28日(木)
前楽

チビの出勤が“朝てく”と重なり、駅まで。
短い足で遅れない様に早足になり、止まっている間にチビが先に進んでしまうと、置いていかれた?とキョロキョロ。
復路は“いつもの川沿いの公園”へ。
日に日に様子が変るので、同じ道でも飽きる事なし。

ガッツリジジムの濃厚ヘイベ。
4角の内2つに『ゾウリムシ』があるものの、それが何故か?と不思議な位に他は状態が良く、ゾウリムシ自体も悪くない色。
残念なのは、たった1つの小穴。
状態とゾウリムシ、これだけ濃い色+太さ+強さの糸がないので、手を付けない方が良いと思いながら、それでも気になるし&保ち具合が違うので、経糸だけ通す事にした。
パッと見で3本が、7本も・・・意外に重症。
緯糸は、、、浮き上がっている分をできる限り元の位置に戻す。
・・・良いんじゃないの?





2019年3月27日(水)
足取り軽く、気もそぞろ

開花宣言され、春本番。
振り返ってみれば、、、寒かったけれど、わんこの水飲み茶碗が凍った日が1日もなかったから、体感よりも寒くなかったに違いない。
越冬に好都合だったのだろう、紅葉がたくさん芽吹いた。
樹洞ができ→弱り始めているので、子孫を残そうとしているのか?
そうでなければ、良いのだけどね。
もう少し育ったら、鉢に移そう。

チビの2回目の送別会。
1年しかいないのに、歓送迎会ではなく送別会として開いて貰えるなんて、ありがたい限り。
働きに不釣合いに思える大きな花束も貰ってきた。
就職2年目で速くも移動、通勤できるギリギリの距離、昨夏の水害、その後の任務、凝縮した1年間だったに違いない。
それでも、直近に自衛隊と森林組合の事務所があり、アウトドア活動の知恵袋だと満更でもなさそうだった。
合わせて、おにぎり作りももうじき終わる。
飽きずに+バランス良く食べられる物を考えるのは面倒臭いと思いながらも、保存食を作ったり組み合わせを考えるのは結構楽しかった。
今日は 小松菜+人参を混ぜ込んだご飯に、鶏そぼろ+削りかつお+すりゴマを真にした(おにぎりらずの様に挟んだ)。
残り2日は、何が良いだろう?


2019年3月26日(火)
桜始開

日の出時刻は、6時ピッタリ。
早くから明るくなるから、目覚め“だけ”はスムーズ。

後楽園にある標本木では開花は25〜27日に開花と予想されていたところ、“いつもの川沿いの公園”では暦通り開いた。
少し差があるのは毎年の事なので、明日か明後日には宣言されるはず。
今年はどこに行こうかなぁ?

来秋冬のシーズンに向けて、撮影も終盤。
今年は雨が少なかったものの、撮影に相応しい晴天が少なかったので、まだ終わっていない。
前仕事として、“モニター上で”些細でも目立つ部分の調整が待っている。
アイロンを掛けたり、引っ張ったり、小さな再修理とか・・・地味ぃ〜で微妙ぅ〜な変化。
(意外に、大きな再修理が必要と思う方が目立たないので、撮影後になる事が多い。)




2019年3月25日(月)
期待外れ?

お試し+様子見と一番効果が薄い(らしい)降圧剤を飲み始めて、1週間が経った。
「直ぐには効果が出んよ。」と言われながらも、明らかに下がった。
ただ、喜んだのは最初の数日だけで、この頃の気温低下と共にまた上がっている。
以前から食生活では結構気を遣っているし、わんこ達との“てくてく”も欠かさない。
・・・って事は、寒中での“てくてく”がマズイ一因??!
(N先生には、「暖房しょうらんじゃろぉ(していないでしょう)。」と見透かされている。)
陽気と共に、これから、これから、これからの効果に期待を・・・と慰めている。
本当は薬に頼らない方が良いのだけど、頼りたくはないのだけど。

擦り切れて浸食しているため→模様の区切りの良い所まで解いて→房止め→整形して→入れた。
遠目では、違和感なし?⇔ちょっと不自然?
モヤモヤ感は模様の縁取りが途切れている事と、足してみた。
これでOKのはずが、整形で房止めが壊れている部分があり、やり直し。
ついでに5段入れたら、すっかり落ち着いた。



2019年3月23日(土)
参観日

(チビの)転勤前に、荷物整理&地域を巡っている間に行きたいと思った観光スポットを巡ると誘ってくれた。
目玉はもちろん“天空の城”+城下の町並みだけど、“晴れの国”民なら小学校の遠足以降、何度か足を運ぶ機会があるので、第2位の“弁柄の町”へ。
(チビは覚えていないけど、20数年前に留学生を案内した事がある。)
車で対向できない山道を進み、ポコッととタイムスリップした様な空間に出た。
江戸時代から残る建物が続き(国の伝統的建造物群保存地区)、全てが赤茶色で、当時の反映振りが見られるものの、あまりにも閑散とし、それを想像で補えない。
どの家にも説明板があり、外から設えを細かく見られ、できる事なら、中に入れる所がもっとあっても・・・と少し残念に感じた。
この地区には銅山(+硫酸鉄)もあり、旧坑道に入る。
縦にも横にも細く長く続く暗い穴、滲みた水で触れば崩れる部分もあり、溜まった水は青緑色に変色。
儲からなければ、こんなに怖い空間には入れない。
次に、馬の背に積んで運んだ道を2km程歩いてみた。
宝の山を見つけ出し、産業にし、町を作った発展振りに興味は尽きないけれど、手掘りの坑道や狸も猪も熊も出そうな細い道、こちらも想像が難しい。
(実体験で参考になるのは、昭和40年代前半の雪深い山間部の農家の生活。)
・・・“桃太郎のまち”に比べ、春の訪れは半〜1ヶ月以上遅い。
参考までに、この地区では豪商3軒が見学可。
最後に磐窟溪をドライブ、車の天井が触れる?、対向不可!の山道を走った。
季節が悪いので、景色も今一つ。
事務所までは、昨夏の水害で被災し、まだ復旧が遠い地区を通過。
幅広い川のこちらと向こう側は別世界で、崩れたままの道が長く続き、落ちたままの橋も見える。
予算も人材も資材もないとの事で、傷ましい限り。
住民は、給付や支援はありたがいけど、なかなか気持ちが上がらない(と聞いている)そう。
気持ちに合わせた様な強い霙の中を帰りながら、廃路寸前の切実なバス問題(1日に3人乗らないと補助が打ち切られる。)も含め、どうすればここにもっと人を呼べるか!?!をまじめに話す。
とにかく広報が下手な“晴れの国”、アンテナショップももっと頑張れぇ〜〜〜。


2019年3月22日(金)
そぞろ心

“桃太郎のまち”の桜便り=もうちょい、でも明日は寒くなるらしい・・・って事は、開花は来週?

イチロー、ありがとう+お疲れ様。
「監督は無理。人望がない。」なんて言うのは本人だけで、意識しなくても存在そのものが既に立派な指導者。
草野球も楽しんで欲しいけど・・・ね。
記録のある野球選手と言うよりも、好きな事を続けるために精進を怠らず→それが結果となった憧れの大星として、好まなくても一つの区切りとして、今度こそ国民栄誉賞を受けて欲しい。
堅物で+風変わりで+仙人感が漂うイチローの、これからの活躍にも興味が尽きない。
で、キング・カズもレジェンド・葛西も・・・と改めて思う。

ここに?、指が抜ける程のスリット。
経糸は切れておらず、切れていたとしても直した形跡はなく、緯糸も切れておらず、しかもスリットが開かないように補助的に横に渡すつもりだった?と思う程度の(緯糸の)引きの甘さも見られる。
補助的に経糸を通し、僅かに余っている緯糸を拾って、“通っていてもおかしくない”側の経糸に収めた事にする。
違和感なし。



2019年3月21日(木)
10連休の前哨戦

数度の試運転でも見る事ができず、16日に運行が始まった『CHUギントン』を発見!!!
おもちゃ、おもちゃ、おもちゃが走ってるぅ〜〜〜。
“朝てく”が随分と遅い時間になってしまったと焦っていたのが、吹っ飛んだ。
2路線(約7.2km)を1時間掛けて走る『CHUギントン』、因みに、大人料金は3,400円(土日祝は+100円)=乗車料金+ミュージアム入館料+乗車記念品+路面電車1日乗り放題料金。
初回は良いとしても、2回目以降+地元住民向けに乗車料金だけの設定があればなぁ・・・。

“いつもの川沿いの公園”では寒緋桜が満開。
桜だけでも多種多様、永い時間楽しめるのが嬉しい。
ただ、説明が記された札が壊れたまま放ったらかしで、いつのまにか札が付いていた事さえ忘れられているのが、口惜しい。

郊外のスーパーで買い物をし、2階のフードコートで軽食。
ステージ上では、空手家/角田N
朗さんのトークショー。
食べながら、聞く。
聞きながら、食べる。
子供は甘やかさずに育てる、傷みをも痛みも覚えさせる・・・そんな話だった。
続いて、サイン会+写真撮影会、更に、上階のスポーツジムでトレーニングセミナー。
その前に、空手体験や実演もあったらしい。
夜は夜で、“晴れの国”武道館で正式なレッスンもあったらしい。
早くに知っていれば、時間を取っていたのに・・・。


2019年3月20日(水)
3月この頃

早3月下旬。

【16日】
端切れ絨毯で小物を作り、余った部分をミニミニ絨毯にしようと思い立つ。
切り口を巻きかがる前に、捨てミシン。
そんなに厚くはないのに、針がバキバキ、ここまで砕けるとは!!!
軸が歪んだかと思う程の衝撃だった。
硬材(チタンコーティング)なのに4本も潰し、折れて砕けた針を絨毯から探し出すのは、老眼には辛い。
予備がなくなったので、直ぐに手芸屋へ行き、一つ太い番手を購入。
速度を落として+慎重に+ヒヤヒヤしながらミシン掛け。
その割りに(手)巻きかがりは簡単にできたので、拍子抜けした。

【17日】
鉄黒豆の換毛はまだまだ終わらず、“立派な”姿。
狂犬病集団接種に集った柴わんこ達の中で、一番目立っていた。

【18日】
うさぎ島で骨抜きしたら、浮かれついでにうさぎに精気まで抜かれたのか?、先週は身体が重くて+温くて+動く気が起こらず、首〜肩がガチガチで、金土日はゲロゲロ寸前の頭痛。
1年前に処方して貰った解熱剤(頭痛薬)で凌ぎ(代役がいないので渋々活動、もちろんスーパー巡りも欠かさない。)、N先生の下へ。
「DNA(遺伝的気質)は変えられん。」=「諦めんといけんのよなぁ・・・。」
全く価値のない一生物と確定、しかも2つ目。
今日から投薬開始。

【20日】
大霧で、遅い“朝てく”=7時50分でもこの眺め。
面したマンションの常夜灯は既に消えているので、妙にふわふわした世界が広がっていた。
偶になら良し?
10時を過ぎれば、ポカポカ陽気。
近所で物々交換した水仙(2種目)を植え込む。
3種目を狙っているのだけど、そこは県警の鑑識科学センターで、いくらおばちゃんでもなかなか言い出せない。
ヒヤシンスは、今年は球根を育てているのだろう、花が少なめ。
それでも、良い香りに和まされている。




2019年3月9日(土)
うさぎ島へGO

瀬戸内の島なので、必ず渋滞する区間があっても幹線を進むと思っていたら、「30km迂回する。」と運転手のチビ。
同じ時間なら距離が短い方をと幹線を推し、「あっちの道の方が・・・。」とイライラ交じりの往路。
それを省みて、復路は迂回したら、、、こちらも渋滞。
道中、お疲れちゃんε-(;ーωーA フゥ

うさぎ島は1週4km程の小さな島で、施設は休暇村のみ(民家0)のうさぎの楽園。
灯台を置くだけの島が→日露戦争時に要塞になり→太平洋戦争時に毒ガス工場が運営され→その後は閉鎖。
平和な時代になっても、休暇村建設時に処分されたはずの毒ガスで被災したり、未だに土壌汚染のため飲料水は島外から運ばれている(と聞いた。)、重い歴史のある島。
うさぎが入ったのは、休暇村のマスコットとして。
各地の戦争遺跡を巡っているし、高校生の頃からこの島のドキュメンタリー番組をいくつも見ていたので、情報と実物を一致させるのは容易だけれど、同時にうさぎが目に入ると、余計に重く+苦しく+見れば見る程複雑な気持ちになっていった。
(初めて番組を見た時に行ってみたいと口にしたら、大人達に猛反対されたので、長らく“行ってはいけない島”と信じていた。)
この10年位でうさぎ島として有名になり、この度やっと上陸。
たくさんのうさぎに囲まれ、平和はありがたいなとしみじみ感じた。

ニンジンとリンゴを持参。
それを目当てに、大小いくらでも寄ってくる。
柔らかい毛を撫でて、存分に癒された。

2019年3月5日(火)
あれよあれよ

全く気分が上がらず、身体も重い。
この一週間の間、2人を送り出した後はほぼゴロゴロしているだけ=最低限の事だけをして“諦めた日”もあった。
物は試しに『疲れと冷え』のタイプをチェックしたら→ぐったりタイプ→やっぱりなぁ・・・と思うだけで更にぐったり。
(かかりつけ医のN先生が手を取って「(臍の上下で)温かさが違おう!」と言う通り、「内臓が冷えとる。」事をこの年になって初めて知った。)
“街の走り屋”での遠出も乗る気が出ず、2週もパスした。
(チビは、24日はまっこと温泉へ、3日はどこかの飛行場(旧軍施設)に行ったらしい。)
今週末は“うさぎ島”を提案してくれ、面倒がらず誘ってくれただけでもありがたい。
今度こそっ!!!

・・・でもって、チビ、今春も転勤が決まった。
(まっこも移動があるらしく、慌しくなりそう。)
今度はじじ&ばばの家に行く途中、約8kmの所、車で20分程。
“街の走り屋”が大活躍してくれるに違いない・・・と思っていたら、「原付(を)買わにゃあいけん。」と言い出した。
「(乗りたいから、110ccの)クロスカブなら買ぅても良ぇ。」に「免許がねぇ。」と関心されず。
・・・その前に、何で“街の走り屋”で通うと言わない?

どうやって房飾りが付いているか?
見た目通りと分っていても、開いてみた。  (-_[◎]o→